東北旅行2023年夏2日目~白神山地・三内丸山遺跡・青森ねぶた祭編~
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旅の記録
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2日目
7:00起床
ホテルの朝食を食べた。朝食の内容はかなりボリュームがあって味も美味しかった。津軽ロマンの米にリンゴジュースまで出てご当地感が良かった。
今日はレンタカーを借りて白神山地に向かう予定。レンタ屋が9時開店なのでそれまで宿でダラダラしていた。
白神山地へ
日産レンタカーでは車がなく、タイムズレンタカーで車を借りることができた。今まで旅行の際にレンタカーの予約をすることはないが、場当たり的すぎてあまり良くないのかも。
白神山地は岩木山の南側、青森県と秋田県の県境一帯の山地の総称であり、世界最大規模の原生的なブナ林が広がっているということで1993年日本で初めて世界自然遺産として登録された。
自分は今まで白神山地に対して大きすぎる憧れと誤解を持っており、奥羽山脈一帯が白神山地であり「もののけ姫」のコダマが出てくるような神秘的な原始林が広がっているのだと思っていた。今回旅行するにあたって白神山地の場所を確認してそのエリアの小ささに驚いてしまった。
弘前駅から東へ40分ほど車を走らせると道の駅が見え、その正面に白神山地ビジターセンターがあった。中の展示では白神山地の生態系やブナの一生を知ることができ、これから行く白神山地の良い予習になった。
ビジターセンターからさらに30分ほど東へ車を走らせると白神山地の入り口に着いた。
白神山地の核心エリアはもっと奥にあるがその周りには緩衝エリアがあり、そこを散策道で見ることができる。
散策道にはブナ林が広がっており、かなり蒸し暑い。そこそこ登りの道もあって汗がドバドバ出た。
ルート上には原始的な水飲み場もあった。水はかなり冷たく美味しかった。今のことろ中ってはいないので大丈夫だと思われる。
津軽ダム
白神山地から弘前へ戻る途中、津軽ダムがあったのでついでに寄ってみた。源流は白神山地らしく、かなり立派で壮観だった。
ビジターセンターの方まで戻ってきた。お昼に大したものを食べていなかったので道の駅でソフトクリームを注文した。蜂蜜をかけ放題だったが、コーンではなくカップにした方が良かったと後悔した。
新青森駅へ
14時過ぎには弘前へ戻ってきた。夜の19時から青森駅近くでねぶた祭があるが、それまでまだ時間があるので三内丸山遺跡に行ってみることにした。
三内丸山遺跡は新青森駅から少し南に行ったところにあるので、まずは新青森駅へ移動する。移動には課金をして特急つがるに乗った。今夜ねぶた祭があることから青森行きは人が多く、特急では目的地までずっと立つことになった。
三内丸山遺跡
30分ほどで新青森駅に着いた。ここから三内丸山遺跡へはタクシー課金した。駅から10分もかからず到着。料金は1,200円くらいだった。
正面施設に展示や解説があり、その奥に遺跡の集落跡がある。
まずは遺跡から見て回ることにした。昨年吉野ヶ里遺跡を見ていたのでこじんまりとした印象を持ったが、本来の遺跡あとはこれよりももっと大きいらしい。
集落の中には発掘調査の現場も見ることができた。地上から1mくらい下を掘り下げたところに調査現場があり、縄文時代と現代の物理的距離を感じた。
施設建物に戻り、展示を見て回った。
三内丸山遺跡は縄文時代前期から中期にかけての遺跡で、1992年から発掘調査が開始されたとのこと。
土器に土偶に展示内容は豊富だった。遺跡からは動物や魚の骨、木の実や種などたくさんの遺物が見つかっているようで、食生活においてはかなり豊かな印象だった。狩猟・採集・漁労の縄文時代が1万年も続いたのには納得がいくような気がした。もっとも、三内丸山遺跡ではクリの木を集落の周りで育てていたようだが。
司馬遼太郎が『街道をゆく 41 北のまほろば』の中で古代の青森の地を豊かな地という意味の「まほろば」と表現したがそれを実感することができた。
土偶もたくさん種類があって面白い。
地下の収蔵庫にはたくさんの土器があった。展示されているのはほんの一部で本来はたくさんの土器であり、見つかっている以上の土器が当時は作られているのを考えると三内丸山遺跡の時代の厚さを感じさせられた。
収蔵庫の正面にはビッグウォールという壁一面に土器が貼り付けられたコーナーがあり、それ自体にも圧倒されたがこんなコーナーができるほど土器がたくさん見つかっていることにも圧倒された。
三内丸山遺跡の土器には漆が使用されているものもあり、その企画展も行っていた。漆が使われた土器についても『街道をゆく』で知っていたが、読んで知ったのと実物を見たのでは感動は全く違ったのが印象的だった。やっぱり自分の目で見るのは大事。
青森ねぶた祭
17時半に三内丸山遺跡から青森駅行きのバスに乗った。30分ほどで駅に着いた。
今回も有料観覧席(3,500円)をとっていたので席の場所に向かった。街道にはすでに人がごった返しており、進むのが一苦労だった。途中、青森市内でも電線の地中化が一部されているのに気づいた。
19時になりいよいよねぶた祭りが始まった。青森のねぶたも弘前のねぷたと同じようにグループごとに太鼓に前ねぶた、ねぶた山車、囃子方という主な構成が取られていた。
違いとしては跳人(ハネト)と呼ばれる踊り手たちの存在。掛け声に合わせて自由に飛び跳ねていて祭りを活気づけていた。跳人は衣装さえ着ていれば地元の人でなくとも参加できるようで、観光客の外国人の人たちも楽しそうに参加していた。
掛け声は「ラッセラー、ラッセラー、ラッセ、ラッセ、ラッセラー」。
また、弘前ねぷたとの違いとして感じたのが企業の存在。弘前は地元の団体がほとんどだったが、青森ねぶたは企業グループのねぶたがほとんどだった。企業のロゴや製品をねぶたにしたものもあり商業主義味を感じた。
とはいえ囃子や太鼓も見事にこなしており、見応えがあった。
太鼓の演出も絵になっている。
ねぶたといえばこれというのがやって来た。大きくダイナミックでかなり迫力があった。
弘前の扇型ねぷたと比較せずにはいられないが、青森がこれほど立派な立体ねぶたができるのも企業と結びついてお金をかけられるというのもあるのだと思われる。弘前ねぷたには地元の人たちが作り出す芸術性と文化を感じたが、青森ねぶたにはパフォーマンス性やエンタメ性を強く感じた。
そこに優劣はないが、ここまで違うのも面白い。
青森ねぶたにも弘前ねぷたと同様に鏡絵と送り絵という構成があるらしかった。
この日はねぶたの5日目で、受賞作品が運行されていのもあってどれも迫力があり見応えに絶えなかった。
20時半ごろにねぶたは終了した。駅は人でごった返しており、入場するための列ができ駅構内は湿気で蒸し暑かった。
宿へ
宿は新青森駅近くにある健康ランドをとっていた。この時期だけ大部屋のレストルームにある一人用イスに寝ることができ、一泊6,000円。
宿に着いた頃にはクタクタで、風呂から上がり自分の寝床のイスに座ってすぐに寝てしまった。
総括
白神山地に三内丸山遺跡と遙かな時間旅行をすることができ、ねぶた祭では文化とエンタメに心を踊らすことができた。
が、体力がカラになった。明日は夜にねぶたの会場運行と花火大会があり、日中は下北半島の北端大間崎まで行ってみようと思ったがその体力はなさそう。明日は昼までのんびりし、午後は青森市内をブラブラ散策するにとどめようと思う。