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九州旅行2022年夏4日目~田原坂・島原編~ | okaryo.log

九州旅行2022年夏4日目~田原坂・島原編~

    #旅行#九州#熊本県#長崎県

旅の記録

4日目

5:00起床

昨夜早めに寝たおかげか、強い雨音のせいか早く目が覚めた。

近くのコンビニで朝食を買い、しばらくの間ホテルの部屋でダラダラ過ごした。

今日の午前中は西南戦争一番の激戦地となった田原坂で資料館や実際の坂を訪れ、午後からはフェリーに乗って島原へ行き、そこから今日の宿泊地となる長崎に向かう予定だ。

ほどほどの時間になったタイミングでホテルをチェックアウトして熊本駅へ向かった。

田原坂へ

熊本駅から鹿児島本線で数駅先に田原坂駅はある。電車に揺れながら窓の外で激しく降る雨から目を避けて現実逃避した。

電車の中で熊本港から島原港へのフェリーを調べると、海上荒天のため午前のフェリーは運休しているようで、ますます現実はつらくなった。

田原坂駅に着いて電車を降りると、駅名標に有名な民謡の「雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ 田原坂」が書かれていた。まさに今も土砂降りで、田原坂の戦いの再現のようだった。

田原坂の駅名標

田原坂駅から資料館までは距離があるらしいので、駅前でタクシーでも捕まえようと思っていた。しかし駅は無人駅で、駅前などという概念などない本物のド田舎だった。

田原坂駅からの風景

仕方がないので土砂降りの中、傘をさして資料館まで歩いて行くことに。腰から下がびしょ濡れになり、目の下も濡れているような気がした。

雨の中の田原坂

田原坂資料館

道に迷いながらも田舎道を進んでいき、やっと資料館に着いた。この土砂降りの中頑張ってたどり着いたのもあって資料館の人にはとても歓迎された。

資料館は小さいながらも資料が豊富で、田原坂の戦いを表現したジオラマは映像や音声、振動などを組み合わせた演出をしており大迫力だった。

資料館の人いわく、資料館には年間約4000人訪れ、小学生の社会科見学にも利用されているそう。田原坂の戦い最後の日の3月20日には毎年献花式もされているとのこと。

田原坂資料館

資料館の展示を見終わって外を見ると、まだ雨が強く降っていた。待っていても仕方がないので資料館を出て展望デッキのようなところへ出ると、田原坂のド田舎が一望できた。晴れていたらもっと綺麗だったんだろう。

田原坂資料館からの風景

田原坂を歩いて下りてみた

せっかくなので実際に田原坂を歩いて下ってみることにした。資料館を出てすぐのところに田原坂の下り始める場所がある。

田原坂は1.5kmほどあり、下から一の坂、二の坂、三の坂とある。

田原坂の頂上

田原坂は熊本へ抜ける主要道の一つで、道幅が広く整備されており、十分な人や物資を運ぶために政府軍にとって戦略上必要な場所だったようだ。一方、田原坂は曲がりくねった凹道でありとても攻めにくい地形であり、政府軍は坂を守る薩摩軍に苦しめられた。

実際に歩いてみると、確かに道の左右が高くなっており雑木林も広がっているので、これを登りながら攻めるのは大変だっただろうと想像した。

田原坂の凹道

さらに驚いたことがあり、この道の形状を作ったのは加藤清正公だという。田原坂は熊本へ抜ける主要道であるので、防衛戦を想定してこのような防衛の要地としての道を作ったそうだ。熊本城も籠城を含めた防衛戦をしっかり考えられて建てられていたが、田原坂も同様だったようだ。西郷隆盛も「官軍に負けたのではない。清正公に負けたのだ」と言っているが、西南戦争の裏には加藤清正公がたびたび現れていて、時代を越える想像力に舌を巻かされてしまう。

熊本駅へ戻る

田原坂駅へ戻ると、電線に木が引っかかって運転に遅れが出ているとアナウンスがあり、田舎を感じた。

到着した電車の中で再度熊本港から島原港へのフェリーを調べると、午後からは運行を再開するとのこと。どうやって長崎まで行こうかと悩んでいたので本当に助かった。

熊本港へ

熊本駅につき、駅近くの喫茶店で昼食を済ませてタクシーで熊本港に向かった。

熊本駅から大体30分ほどで着いた。料金は3700円くらい。

海が近いこともあり、フェリーの切符売り場の建物入り口に猫がいた。しかも触らせてくれるタイプの猫。かわいい。

熊本港の猫

チケットも無事買えてフェリーに乗り込んだ。

フェリー

フェリーで島原港へ

乗船後、早速船内を探検した。どうやら船前側の甲板には出られないらしい。しかし、400円課金することで船内前側にあるリクライニングエリアに入ることができて船の進む先を見れるようだ。迷わず課金した。

運航中にAirbnbを使って長崎の宿を予約しておいた。2泊で7400円。

島原港到着

30分で島原港に到着。島の方を見上げると山が見える。これが有名な雲仙岳かなんか小さいな、と思っていたらこれは眉山という雲仙岳の手前にある小さな山らしい。

島原港からの景色

島原城へ

時間は15時過ぎ。せっかく島原に来たので島原・天草一揆でおなじみの島原城を見て行くことにした。

島原港から北に20分ほど歩くと、島原城が見えてくる。

近づく島原城

城垣と堀がとても綺麗だ。

島原城の堀

現在島原城は外壁工事を始めているらしい。

遠くから見た時も感じたが、最上階以外に破風(屋根の三角の部分)がなく、なんだか他の城とは違う独特な感じがした。

島原城

城の中は資料館になっており、1階はキリシタン資料館、2階は郷土資料館、3階は民俗資料館、4階が休憩スペースで、5階が展望エリアとなっている。入館料は大人550円。

ここで初めて知ったのだが、当時の島原のキリシタンに対する拷問はかなり酷かったようで、雲仙地獄の熱湯を少しずつかけて苦しめる残酷なものもあったらしい。そのあまりの残酷さは当時のヨーロッパにも伝わり、人々を驚かせたとのことだ。江戸時代は平和なイメージがあるが、日本の端っこではこんなことも行われていたようだ。

写真は撮っても良いとのことだったので残しておいた。

島原のキリシタン拷問

展望デッキに上がり、西側を見ると市街と眉山が一望できた。晴れ間も見えてきたこともあってとても壮観な景色で、思わず声が出た。

島原城から西の景色

東側を見ると、有明海が一望できる。海と山、両方の雄大な景色を望むことができ、天守閣としてはかなりポイントが高い。

島原城から東の景色

武家屋敷

島原城を出て少し西に歩くと当時の武家屋敷エリアがある。

武家屋敷図

中央に水が流れる静かで涼しい道があり、少し歩いた先に武家の当時の暮らしを見学できるエリアがある。

武家屋敷通り

屋敷は思ったよりもこじんまりしているし、屋根は藁葺きだし、合戦のなかった時代の武士はこんな感じなのかとイメージが改まった感じがした。

武家屋敷

島原駅

島原城から東に下りて行くと島原駅が見えてくる。駅舎は島原城の大手門をモデルとしているらしい。

島原駅

ここではICカードは使えず、切符も駅員さんが切る田舎スタイル。

島原の切符

もちろん1両編成。これに乗ってまずは諫早駅まで行く。

諫早行きの島原鉄道は右手に有明海、左手に雲仙岳(今日は曇っていて見えなかった)を望むことができ、自然に挟まれながら電車の旅を楽しむことができる。

島原の電車

諫早駅から長崎駅へ

1時間くらいで諫早駅に到着。ここでJR九州に乗り換える。

特急かもめにのって長崎駅に行くはずだが、電車が遅延しているとかで1時間くらい駅で待つことになった。

ようやく列車が到着し、長崎に行けるようになった。

20分ほどで長崎駅に到着。すっかり暗くなっていた。

長崎駅は九州新幹線開業のために工事真っ最中だった。

長崎駅

長崎駅を出て東側を見上げると斜面に沿って街の光が見えた。海に近い長崎駅側が低く、東側が山になっている地形のようだ。

長崎駅からの風景

ちなみに今日通ったルートはこんな感じ。この旅行で初めて知ったのは、長崎がこんな端っこにあることだ。

今日通ったルート

宿に到着

駅から10分ちょっと歩いたところに宿はあった。

コワーキングスペースや会議室、キッチン、ダイニングバーなんかもあって、おそらく会社の合宿で使うようなオシャレな場所だった。

しかし、シャワーやトイレなど共用部分が多く、もう少しお金を積んで孤独になれる宿を選べば良かったなと反省。

今日は朝から雨に打たれて歩きっぱなしなのでヘトヘト。夜ご飯はコンビニで済ませ、すぐに寝ることにした。

総括

田原坂は雨こそしんどかったものの、実際に自分の目で見て歩くことができてよかった。一人旅でなければ絶対に行けなかったところだったので今回行けて本当に良かった。

また、午前中は雨でどうなるかと不安だったが無事にフェリーに乗って島原に行くことができてホッとしている。島原も今回見たのは島原城だけだったが、雲仙・普賢岳はやはり有名だし、他にも観光に行けそうなところはたくさんありそう。

明日は長崎を探検する予定。今の所絶対行こうと考えているのは坂本龍馬の亀山社中くらいしかないが、他のところは明日考えることにしよう。


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